ひろしま美術館

アメデオ・モディリアーニ1884~1920

 1884年イタリア、リヴォルノで、両親ともに由緒あるユダヤ系の家系に生まれる。ヴェネツィアの国立美術研究所を出て、1906年、22歳の時にパリへ渡る。モンマルトルに住み、ピカソを知り、その後移り住んだモンパルナスではキスリングやスーティン、フジタ等、同じように外国からやってきた若い芸術家たちと交友し、刺激を受けた。  パリに行く前、ミケランジェロの彫刻を見て彫刻への憧れを抱いていたモディリアーニは、1909年前衛彫刻家のブランクーシに出会い、彫刻に専心するようになる。黒人彫刻に影響を受けた簡潔で独特なデフォルマシオンは、その後の彼の絵画の中にも生きており、細長い首と単純化した形体で、哀愁と官能的な美しさを湛えた肖像画へと結実した。特に、彼にとって創造のミューズであり、よき伴侶であった妻ジャンヌ・エビュテルヌの肖像はどのモデルより圧倒的に多く、24点もの作品を残している。  1917年には、初めて個展を開くが、肉体そのものを描いた裸婦像が破廉恥とみなされ、警官によってその日のうちに撤去されてしまう。モディリアーニは、生前はほとんど評価されることがなく、失意の中、酒と麻薬に浸り、1920年、長年わずらっていた結核により35歳の生涯を閉じた。

アメデオ・モディリアーニ《青いブラウスの婦人像》
 

アメデオ・モディリアーニ
《青いブラウスの婦人像》

1910年頃 油彩,カンヴァス 80.7×54.2cm

Amedeo MODIGLIANI
Portrait de jeune fille à la blouse bleue
oil, canvas

 

アメデオ・モディリアーニ《男の肖像》
 

アメデオ・モディリアーニ
《男の肖像》

1919年 油彩,カンヴァス 99.0×65.0cm

Amedeo MODIGLIANI
Portrait d'homme
oil, canvas

ほっそりと縦に長いプロポーション、上半身のゆるやかなS字型のしなり、アーモンド形の眼など、モディリアーニ晩年の典型的な人物像である。抑制された色彩と構築的な背景処理など、敬愛したセザンヌの影響が見られる。モデルは、友人の画家ルイ・トリキグノーと伝えられる。

アメデオ・モディリアーニ《頭部像》
 

アメデオ・モディリアーニ
《頭部像》

1911-12年頃 ブロンズ 72.0×22.8×30.0cm

Amedeo MODIGLIANI
Tête
bronze

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