ひろしま美術館

クロード・モネ1840~1926

 パリに生まれる。食料雑貨商を営む父とともに、ノルマンディー地方の港町ル・アーヴルに移住。勉強嫌いの少年だったモネは、早くから画才を示し、デッサンや諷刺画を描いていた。ル・アーヴルの文房具店に置かれた彼の諷刺画に目を留めたのが、ブーダンであった。当時18歳のモネはブーダンに導かれて戸外制作を経験し、大きな影響を受ける。1859年、本格的な絵画修行をするために、パリに出て、アカデミー・シュイスに通い、ついでグレールのアトリエに入る。その間、後に印象派を旗揚げする仲間たち、ピサロ、バジール、ルノワール、シスレーらと交遊、戸外制作に励む。彼らが特に好んで描いたパリ北郊のセーヌ河畔は、印象主義の揺籃の地となる。1870年、普仏戦争を避けてロンドンに赴き、ターナーやコンスタブルの作品に触れる。翌年、オランダ経由で帰国。パリ北郊のアルジャントゥイユに住み、混色を排し、カンヴァス上に純粋色のタッチを並置する“筆触分割”の方法を進める。1874年、「画家・彫刻家・版画家等無名芸術家協会」(第1回印象派展)を開催し、同展に出品したモネの《印象・日の出》に対する揶揄から、「印象派」の呼称が誕生した。1883年、ジヴェルニーに定住し、《積み藁》《ポプラ並木》など、数々の連作を制作。連作の方法は、旅先のルーアン大聖堂やロンドンのテームズ風景、ヴェニスの風景にも及ぶ。最晩年、眼病と戦いながら、オランジュリー美術館のふたつの楕円形の間を飾る睡蓮の大作と取り組み、ジヴェルニーで没。

クロード・モネ《セーヌ河の朝》

 クロード・モネ
《セーヌ河の朝
(ジヴェルニーのセーヌ河支流)》

1897年 油彩,カンヴァス 82.0×93.5cm

Claude MONET
Matinée sur la Seine
(Bras de la Seine près de Giverny)
oil, canvas

光の効果によって時々刻々と変容する風景の全体像をとらえようと、モネはやがて「連作」という方法にたどりついた。「セーヌ河の朝」シリーズは、現在20余点の存在が知られているが、本作はようやく暁を迎えた夏のひとときが、微妙な色調でありながら鮮やかに描かれている。

クロード・モネ《オランダ風景》
 

クロード・モネ
《オランダ風景》

1871年頃 油彩, カンヴァス 60.0×72.6cm

Claude MONET
Paysage, Hollande
oil, canvas

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